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艶やかな朱塗りの丸盆を、静かに調理台へ置きました。

ここへ、いくつもの小さな春を乗せていきます。

日本料理の懐石において、季節の移ろいを一枚の絵のように見せるのが八寸です。

冷たい冬から春へ。3月はどのような景色を作るのか、順を追ってご案内します。


桜色と青の器が運ぶ、春の香り

まずは中央、少し高さを持たせた桜色の器から整えます。

中には、八朔とうるい、そして春の訪れを告げるホタルイカを合わせました。

そこへ、ぽってりとした黄身酢をトロリと掛けます。

果肉のみずみずしい黄色と器のピンク色が、パッと目を引くと思います。

その手前、青い器に盛り付けたのは若ごぼうの炒め煮です。

鍋に少しだけ胡麻油を引いて若ごぼうを炒りつけ、香ばしさを引き出します。

そして、ふっくらとした揚げと一緒に、たっぷりの出汁を含ませるように炊き上げました。

厨房に立ち込める出汁と胡麻油の香りが、春の力強い生命力を感じさせてくれます。

巻き簀から外したばかりの温もりと、桃の節句の彩り

盆の左側には、いつものように焼きたての湯気が立つだし巻き卵を添えます。

その手前には、車海老、よもぎの緑が鮮やかな蓬麩、黄身焼真丈を一本に束ねた三色串を。

桃の節句を思わせる、春らしい軽やかな彩りに。

右側へ目を移すと、小さな芽キャベツをぐるりと牛肉で巻いたものを置いています。

その下に少し隠れるように、こんがりと焼き目をつけた穴子八幡巻きを忍ばせました。

手前には、ほろ苦い菜の花をスモークサーモンでくるりと巻いた一品を。

緑と橙の対比が、盆の上をきゅっと引き締めます。

サヨリの小袖寿司に隠した、ひとしずくの工夫

そして、今回の八寸の中で私が密かにポイントだと考えているのが、右下手前にあるサヨリの小袖寿司です。

透き通るような美しい身のサヨリですが、ただシャリと合わせるだけではありません。

まず、白いシャリには細かく刻んだ梅を混ぜ込みます。

淡白なサヨリと梅の爽やかな酸味は、驚くほど相性が良いです。

梅の香りが移ったシャリとサヨリの間には、青々とした大葉を一枚挟みます。

そして最後に、仕上げとしてレモンを数滴だけ、きゅっと絞り落とします。

このわずかなレモンの雫が隠し味となり、全体の味わいがひとつの形にきれいにまとまります。

ひとくちに込める想い

箸でつまめば、どれもひとくちで食べ終わってしまうような小さな料理たちです。

けれど、そのひとくちの裏側に、食材の組み合わせや細かな段取りといった手仕事の想いを込めることで、会席のコース全体の中でこの八寸がとても重要な役割を果たしてくれます。

目に入る彩り、ほのかな酸味、出汁の温かな香り。

3月を感じていただくための小さな手がかりを、盆の上のいろんなところに散りばめました。

阿倍野の安来家にお越しいただき広間でゆっくりと過ごされる時も、ご自宅へ仕出し料理の配達でお持ちする時も。

蓋を開けた瞬間に、ふわりと春の気配を感じていただければと思います。

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