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3月の声を聞くと、吹き抜ける風が少しだけ柔らかくなったように感じます。

街を歩く人たちの足取りも、どこか慌ただしくなる季節ですね。

卒業式や進学、そして新しい環境への準備。

出会いと別れが交差するこの時期は、日々の生活がパタパタと音を立てて進んでいくようです。

ここ阿倍野にある安来家でも、そういった節目のお祝いに向けた仕出しなどのご注文が少しずつ増えてきました。

ご家族で囲むお祝いの席や、お世話になった方へのご挨拶。

そんな大切なひとときのために、私たちは朝早くから出汁を引き、仕込みを始めています。

お祝いのお席へお届けする仕出し料理は、いつも以上に華やかさを意識して整えます。

私たちが大切にしているのは、お弁当をお渡しする時の最初の姿です。

安来家では、折詰弁当の掛け紙を季節ごとに変えています。

今の時期は、3月の桃の節句に合わせた柔らかな色合いの掛け紙をかけました。

淡い桃色を背景に、ぼんぼりや菱餅、そしてふっくらとほころぶ桃や梅の花が描かれています。

その上から細い金の紐を一筋かけます。

ただの木の箱が、祝いの包みに変わる。

折詰弁当を包むとき、お祝いの気持ちを込めて、私たちも少し背筋が伸びる思いがします。

そして、白木の蓋をそっと持ち上げた瞬間。

まずはふわりと、お料理の香りが漂うはずです。

蓋を開けていただいた時、見た目と香りから一気に「新しい春」を感じていただきたい。

そう考えながら、懐石・会席でお出しするようなお料理の数々を、

お弁当箱の小さなマスの中に一つひとつ盛り込んでいます。

例えば、左上のマスには春の訪れを告げる山菜と海老のかき揚げ、あおさの天ぷらを入れます。

薄い衣をまとわせて、サクッとした歯触りが残るように揚げています。

添えられたレモンを少し絞っていただくと、よりさっぱりとした風味が引き立ちます。

真ん中のマスには、春らしくうすい豆の擦り流し餡をかけた一品を。

そして右上のマスには、小さな春の象徴であるホタルイカや、出汁をたっぷり含んだだし巻き卵やサヨリの鮨など少しずつ彩りよく詰めました。

下の段には、新鮮なお刺身を笹の葉の上に盛り付けます。

金目鯛の祐庵焼きやしっとりとしたローストビーフも添えて、

ボリュームと味の変化を楽しんでいただけるようにしています。

一つのお弁当箱の中で、どのように季節の移ろいを表現するか。

彩りのバランスや、お箸を進める順序を想像しながら、丁寧に御料理の配置を決めています。

春は、これからの期待で胸が膨らむと同時に、少しの寂しさが入り混じる季節です。

だからこそ、美味しいお料理を囲んで、心穏やかな時間を過ごしていただきたいと思っています。

3月ならではのイベントや、ご家族の特別な節目に。

安来家の日本料理が、皆様の大切な日の思い出に少しでも彩りを添えられれば嬉しいです。

艶やかな朱塗りの丸盆を、静かに調理台へ置きました。

ここへ、いくつもの小さな春を乗せていきます。

日本料理の懐石において、季節の移ろいを一枚の絵のように見せるのが八寸です。

冷たい冬から春へ。3月はどのような景色を作るのか、順を追ってご案内します。


桜色と青の器が運ぶ、春の香り

まずは中央、少し高さを持たせた桜色の器から整えます。

中には、八朔とうるい、そして春の訪れを告げるホタルイカを合わせました。

そこへ、ぽってりとした黄身酢をトロリと掛けます。

果肉のみずみずしい黄色と器のピンク色が、パッと目を引くと思います。

その手前、青い器に盛り付けたのは若ごぼうの炒め煮です。

鍋に少しだけ胡麻油を引いて若ごぼうを炒りつけ、香ばしさを引き出します。

そして、ふっくらとした揚げと一緒に、たっぷりの出汁を含ませるように炊き上げました。

厨房に立ち込める出汁と胡麻油の香りが、春の力強い生命力を感じさせてくれます。

巻き簀から外したばかりの温もりと、桃の節句の彩り

盆の左側には、いつものように焼きたての湯気が立つだし巻き卵を添えます。

その手前には、車海老、よもぎの緑が鮮やかな蓬麩、黄身焼真丈を一本に束ねた三色串を。

桃の節句を思わせる、春らしい軽やかな彩りに。

右側へ目を移すと、小さな芽キャベツをぐるりと牛肉で巻いたものを置いています。

その下に少し隠れるように、こんがりと焼き目をつけた穴子八幡巻きを忍ばせました。

手前には、ほろ苦い菜の花をスモークサーモンでくるりと巻いた一品を。

緑と橙の対比が、盆の上をきゅっと引き締めます。

サヨリの小袖寿司に隠した、ひとしずくの工夫

そして、今回の八寸の中で私が密かにポイントだと考えているのが、右下手前にあるサヨリの小袖寿司です。

透き通るような美しい身のサヨリですが、ただシャリと合わせるだけではありません。

まず、白いシャリには細かく刻んだ梅を混ぜ込みます。

淡白なサヨリと梅の爽やかな酸味は、驚くほど相性が良いです。

梅の香りが移ったシャリとサヨリの間には、青々とした大葉を一枚挟みます。

そして最後に、仕上げとしてレモンを数滴だけ、きゅっと絞り落とします。

このわずかなレモンの雫が隠し味となり、全体の味わいがひとつの形にきれいにまとまります。

ひとくちに込める想い

箸でつまめば、どれもひとくちで食べ終わってしまうような小さな料理たちです。

けれど、そのひとくちの裏側に、食材の組み合わせや細かな段取りといった手仕事の想いを込めることで、会席のコース全体の中でこの八寸がとても重要な役割を果たしてくれます。

目に入る彩り、ほのかな酸味、出汁の温かな香り。

3月を感じていただくための小さな手がかりを、盆の上のいろんなところに散りばめました。

阿倍野の安来家にお越しいただき広間でゆっくりと過ごされる時も、ご自宅へ仕出し料理の配達でお持ちする時も。

蓋を開けた瞬間に、ふわりと春の気配を感じていただければと思います。

阿倍野の街も、少しずつ柔らかな春の空気に包まれています。

三月といえば、桃の節句。

この時期の日本料理に欠かせない食材といえば、やはり蛤です。

懐石・会席の席でも、春の訪れを告げる品として古くから大切に扱われてきました。

漆塗りのお椀の蓋を外し、そっと両手で持ち上げる。

その瞬間、ふわりと白い湯気が立ち上り、澄んだ出汁の香りが鼻をくすぐります。

今年の安来家では、蛤をそのままお吸い物にするのではなく、少し手をかけて真薯(しんじょ)に仕立ててお出ししています。

お椀の中央に据えられた、真っ白でふんわりとした真薯。

ここには、細かく刻んだ蛤の身だけでなく、蛤から丁寧にとった出汁もたっぷりと練り込んでいます。

箸をそっと入れると、柔らかな真薯の中から、蛤が持つ豊かな潮の旨みが、澄んだお出汁のなかへじんわりと溶け出していきます。

食べ進めるにつれて、お椀全体の味わいが少しずつ深みを増していく。

そんな、春先ならではの繊細な味の移ろいを楽しんでいただけるよう整えました。

そして、真薯の手前に寄り添うように添えているのが、新物の若布と筍です。

椀の黒を背景に、若布の深い緑と筍の淡い黄色が鮮やかに浮かび上がります。

これらは単なる彩りとしての「あしらい」と呼ぶにはもったいないほど、春を代表する立派な食材です。

昔から料理の世界では「春の出会いもの」と呼ばれています。

同じ季節に、海と山という全く違う場所で育った旬のものが、ひとつの器の中で出会う。

すると不思議なことに、若布の柔らかな磯の香りと、筍のシャキッとした歯ざわりや爽やかな甘みが、お互いを邪魔することなく、見事に引き立て合うのです。

このお椀全体をまとめる「出汁」についても、少しお話しします。

蛤を主役にする場合、素材の味をそのまま活かした潮汁(うしおじる)仕立てにすることが多くあります。

けれど、今回はあえて、安来家の王道である「昆布と鮪節」を使った清汁(すましじる)仕立てにしました。

その理由は、先ほどお話しした真薯にあります。

真薯の中に蛤の出汁をしっかりと抱え込ませているため、おつゆの中でほぐれた時に、中から十分すぎるほどの潮の旨みがあふれ出します。

もし、張る出汁まで蛤の潮汁にしてしまうと、少し味がぶつかり、強くなりすぎてしまうと考えました。

だからこそ、旨みを受け止める土台は、いつもの澄み切った昆布と鮪節の出汁がベストです。

厨房で何度も試作を作り、温度を変えて味わいを確認した結果、やはりこの組み合わせが一番だと落ち着きました。

主張しすぎない鮪節のまろやかな風味が、蛤の旨みを下から優しく支えてくれます。

三月のど真ん中をゆく食材を、ひとつの器に集めたお椀。

椀物はコースのなかでも花形と呼ばれる大切な一品です。

お店の席で出来立ての熱々を味わっていただくのはもちろん、ご家庭でのお祝いごとに向けた仕出し料理や、配達でお届けする際にも、この春の香りをお手元で感じていただけたらと思います。

蓋を開けた瞬間の湯気とともに、うららかな春の情景を味わってみてください。

今日は3月3日、ひな祭りです。

春の少し冷たい空気の中にも、柔らかな日差しを感じる良い季節ですね。

初節句のお祝いに向けた御料理の準備を進めています。

重箱や漆の器に、春の食材を丁寧に盛り付けていきます。ほんのりと桜色に染まった食材や、みずみずしい青菜が、お祝いの席の彩りとなります。

本日は、ご自宅でご家族揃ってお祝いをされるお客様へ、仕出し料理の配達にも向かいました。

赤ちゃんの健やかな成長を願う特別な日です。

だからこそ、お料理の形が少しでも崩れないよう、そっと箱へ収めて車へと運びます。

そしてここ、阿倍野にある安来家の店内でも、初節句のお祝いの席をご用意しました。

懐石・会席のコースに合わせて、温かい椀物の蓋を開けた瞬間、優しい香りがお部屋の隅々にまで広がっていきます。

日本で古くから受け継がれてきたこのような美しい行事を、日本料理の店として、これからも大切に守り、伝えていきたい。お祝いの膳を整えるたびに、そう強く思います。

そんなお祝いの席を設けたお座敷には、赤い毛氈(もうせん)を敷き詰めた七段飾りの雛人形を飾っています。

写真をご覧いただくと、一番上には立派な屋根のついた御殿があり、その中でお内裏様とお雛様が静かに座っています。

三人官女や五人囃子、そして下に並んだお琴や小さな重箱などの細やかなお道具まで、一つ一つが精巧な作りです。

実はこの雛人形、100年以上も前に作られたものです。

お顔の穏やかな表情や、少し色褪せた着物の風合いには、長い年月を経たからこそ滲み出る、静かな佇まいがあります。

かなり古いものですから、毎年飾り付けるときも、片付けるときも、とても神経を使います。

薄い和紙をそっとめくり、決して傷をつけないように両手で包み込むようにして持ち上げ、段の上の定位置へと整えていきます。

ただ、そうやって丁寧に埃を払い、毎年大切に扱うことで、なんとか今日まで受け継がれてきました。

新しいものにはない、時を重ねた独特の温もりが、この人形たちには宿っているように感じます。

だからこそ、春が近づくこの季節になると必ず箱から出し、お座敷の空気に触れさせています。

こちらの雛人形は、3月の間はお座敷にそのまま飾っております。

お食事でご来店の際には、ぜひお近くで、100年の時を越えてきたお顔をひと目見ていただけたらと思います。

今日から3月に入りました。

カレンダーを一枚めくっただけで、ふっと風の冷たさが和らぎ、心なしか暖かく感じるから不思議です。

朝早くから仕込みをする厨房でも、水を使う私の手元が、冬の厳しい冷たさから少しだけ解放されました。

ここ阿倍野の街並みにも、柔らかな日差しが差し込む時間が増えてきたように思います。

季節が前へ進むと、お作りする日本料理も一気に春めいてきます。

3月に入り、お献立の中心は「桃の節句」をテーマにしたものへと変わりました。

冬の間は根菜の力強さや、立ち上るお出汁の湯気が主役でしたが、今は違います。

菜の花のほろ苦い青い香りや、桜色に染まった食材たちが、まな板の上を明るく彩っています。

厨房に並ぶ器や食材の色彩が、日を追うごとに鮮やかなトーンへと移り変わっていくのを見ています。

お店でお出しする懐石・会席のコースで春を味わっていただくのはもちろんですが、ご自宅でご家族揃ってお祝いの席を設ける方からのご相談も増えてきました。ひな祭り用の仕出し料理として、写真のような折詰弁当のご注文を承っています。

意識しているのは、白木の蓋を開けた瞬間に、パッと春の景色が広がるような彩りを作ることです。

二段重の下段の左には、ちらし寿司を敷き詰めました。

細く刻んだ錦糸卵の明るい黄色を一面に広げ、その上にふっくらと香ばしく焼き上げた穴子、茹でたての海老の紅白、そして艶やかに光るいくらを散らしています。酢飯の甘酸っぱい香りが、ふわりと鼻を抜けていきます。

桃の節句といえば、やはりちらし寿司ですね。

こうして折詰に組み込むだけでなく、ちらし寿司単体でのご用意もしています。

下段右には、笹の葉を敷いてお造りを盛り込みました。ねっとりとしたマグロの深い赤、白身魚の透き通るような身、そして梅の形に飾り切りをした人参を添えて、小さな春の訪れを表現しています。

冷たいものは冷たいまま召し上がっていただけるよう、配達の段取りにも細心の注意を払って準備を整えます。

そして上の段には、手仕事の品をぎっしりと詰め込みました。

細い衣を纏わせてサクサクに揚げた海老の食感、しっとりと焼き上げただし巻き卵。

春を告げる蛍烏賊には、なめらかな黄身酢をかけて仕上げています。

淡い緑色の餡、これはうすい豆の擦り流しを張ったお料理には、柔らかな桜色の道明寺蒸しを浮かべました。

一つひとつのマス目に、春の味覚と食感を閉じ込めました。

春の陽気とともに、丁寧に箱詰めしたお料理をお届けします。

ご自宅でお子様の健やかな成長を願う食卓に、安来家の料理がささやかな華を添えられればと思います。

暦の上では立春を過ぎ、少しずつ暖かくなって春の気配を感じる頃となりました。

ですが2月は年間を通していちばん寒い季節だとも言われています。

ここ阿倍野でも、ふとした瞬間に底冷えを感じる日が続いています。

だからこそ、2月は体の芯からじんわりと温まるような一品をお出ししたいと思いました。

今回お出しするのは、熱々のみぞれ餡をたっぷりとかけた炊合せです。

黒く深みのある器の蓋を開けると、ふわりとお出汁の湯気が立ち上ります。

その奥から、爽やかな柚子の香りが届くように仕立てました。

主役となる食材たちは、みぞれ餡の中にそっと沈めています。

一番上には、今の時期しっかりと脂の乗った穴子を、ふっくらとした煮穴子にして乗せました。

その下の奥には、じっくりと時間をかけて炊き上げ、お出汁を含ませた海老芋が少し隠れています。

そして手前には、雲子(くもこ)を添えました。薄く衣をくぐらせて、天ぷらのようにさっと揚げています。モクモクとした鱈の白子の形が空に浮かぶ雲のようだから、関西では古くから雲子と呼ばれて親しまれていますね。

これらを優しく包み込むみぞれ餡自体は、すりおろした大根とお出汁で作ったあっさりとした味わいです。

ただ、海老芋の甘み、衣をまとった雲子のコク、そして煮穴子がしっかりと旨味を主張してくれます。

だからこそ、濃すぎず、全体としてまとまりの良い炊合せとなりました。

最後に緑の三つ葉をあしらい、振りゆずで少しの黄色と香りのアクセントをつけています。

目の前のお膳に運ばれた時の温度や香りまで大切にするのが、日本料理の醍醐味だと考えています。

お店での懐石・会席のお席でも、あるいはご自宅へお届けする仕出し料理の配達でも、目で見た瞬間の喜びは変わりません。

まだまだ寒い日が続きます。安来家からお届けする冬の味わいで、どうぞほっと一息ついてもらえれば幸いです。

阿倍野の街を吹き抜ける風に、ほんの少しだけ柔らかな温度を感じるようになりました。

空の色も真冬のそれとは少し違い、春の気配を帯びてきているようです。もう2月も終わりに近づいていますね。

日本料理の特に安来家の厨房において、この月末から月初にかけての時期は独特の空気に包まれます。

それは、今の季節と次の季節が、この空間で同時に交差するからです。

今はまさに、月替わりのタイミングです。

目の前の、今日ご予約いただいたお客様のために、今月の懐石・会席料理を全力で仕上げていきます。

お椀の蓋を開けた瞬間に立ち上る、出汁の柔らかな湯気。

包丁がリズミカルに食材を刻む音。焼き場から漂う、表面が香ばしく色づく匂い。その一つひとつに神経を集中させます。

今月ならではの味覚を、一番美味しい状態でお出ししたい。だから、器に盛り付ける手の動きにも自然と熱が入ります。

それはお店の中だけでなく、外へお届けするお料理でも同じです。

仕出し料理の折箱の蓋を閉める直前まで、彩りのバランスや詰め具合を目で追います。何度でもチェックをすることは怠りません。

そして配達でお客様の元へ向かう車の中でも、箱の中で料理が美しく保たれているか、常に気を配っています。

ただ、私たちの頭の半分は、すでに来月へと向かっています。

目の前の料理に全力を注ぎながらも、同時並行で次の献立を組み立てているのです。

「来月のあの食材には、どんな味付けで他の食材と合わせようか」「春らしいあの器に、どうやって季節を盛り込もうか」

鍋の火の通り具合を確認しながら、頭の中では別の食材の組み合わせをシミュレーションしています。

手が空いたわずかな時間には、白い紙にペンを走らせて、来月の段取りを文字に起こしていきます。

今月の集大成を形にしながら、来月の産声を準備する。

この同時進行は、正直に言えば目が回りそうなほど慌ただしい時間です。厨房内の足早な動きが、それを物語っています。

けれど、不思議と疲れは感じません。むしろ、この季節の変わり目の忙しさは、確かな喜びとして私たちの手の中にあります。

季節が移り変わる瞬間にいち早く立ち会い、それを料理として形にしていく。この静かな高揚感は、料理を作る者にとって何よりのやりがいです。。

そして、私たちが厨房で感じているこの喜びやワクワクとした気持ちを、少しでもお客様におすそ分けできたら嬉しいです。

私たちが考え抜いた新しい献立を口に運んでいただいた時、「ああ、もう新しい季節が来たのだな」と笑顔がこぼれるその瞬間のために。

安来家は今日も、丁寧に日々を重ね、新しい月の準備を整えています。

移りゆく季節の喜びを、そのまま器にのせてお届けしたいと思います。

2月は節分があり、懐石の始まりにもその気配が混ざります。

なので私たちは、節分を意識した先付けから自然に入れるよう、流れを整えています。

今回は、如月の八寸をご紹介します。

八寸は、その月の景色を小さく切り取る場所です。

器に並んだ色や香りで、「いまの季節」がすっと伝わるように組み立てます。

まず左側に大きく飾っているのは、緑色、柊です。

葉の棘が鋭く、触れるとチクチク刺さるあの感じが、節分の習わしを思い出させます。

柊が鬼の目を突くことで家への侵入を防ぐ、という言い伝えがありますが、その意味を飾りとして添えるだけで、皿の上に小さな節分が生まれます。

柊のそばの赤い実は南天です。黒い器の上だと赤がきゅっと映えて、目線が自然に集まります。南天は「難を転ずる」と言われる縁起物で、幸運を呼び込む象徴でもあります。行事の賑わいをそのまま持ち込むのではなく、静かな縁起として置くのが、八寸らしい表現だと思っています。

料理は左側から少しずつ。まずは稲荷寿司です。甘辛いお揚げの香りがふわりと立ち、口の入口をやさしく整えてくれます。その下に添えたのが、佐賀牛のローストビーフ。噛むほどに旨みが広がり、八寸の中で味の芯になる一品です。

続いて若ごぼうの信田巻。旬の若ごぼうを揚げで巻いて炊き、揚げに出汁を含ませます。ほどけるような食感のあとに、若ごぼうの青い香りがすっと残ります。その上には、酢でしめたサゴシのきずしを。炙って風味よく仕上げており、酢の輪郭に香ばしさが重なります。

真ん中には、いつもお馴染みのだし巻き卵を置きます。八寸の中心は、派手さよりも落ち着きを大切にしたく、出汁のやさしい甘みで全体の味をまとめます。

下にはそら豆の蜜煮。艶が出るまで煮含め、甘みが前に出過ぎないように整えています。

横に添えるのは蓮根餅です。すりおろした蓮根に刻んだ蓮根を混ぜ、もっちりの中にサクっとした食感のアクセントを残します。上には相性の良い柚子味噌をかけて、香りで後味を軽くしました。ここは味を強くするというより、次の一口へ運ぶための香りを添える感覚です。

右の器には、菜の花の辛子和えを盛ります。春の苦味が心地よく、辛子のきりっとした刺激が全体を締めます。甘み、旨み、酸味のあとにこの苦味が入ると、口がすっと整い、次の料理へ自然につながります。

懐石・会席の流れのなかで、八寸は「季節を口で確かめる場所」だと私たちは考えています。ひと皿の中に、その月の景色や行事の気配がきちんと収まると、コース全体の歩幅も揃っていきます。

安来家では二月の懐石でも、節分の縁起を飾りに託しながら、若ごぼうや菜の花の香りと苦味で、冬から春へ向かう足音も添えました。これからも季節を感じていただけるように、ひとつひとつ整えていきます。

新年を迎えてから、気づけば二月も中旬になりました。

店の中の空気も、朝の水の冷たさも、正月の張りつめた気配から、冬の静けさへと少しずつ移っています。

私たちにとってこの時期は、行事の料理と普段の献立が並走し、仕込みの段取りがいっそう緻密になる季節でもあります。

一月はじめは、各地で茶懐石の初釜が催されます。初釜の席では、流れそのものが「おもてなし」の骨格になります。

下ごしらえの精度を揃え、手順を整えて臨みました。

茶の湯の席の料理は、華やかさよりも、ほどよく抑えた輪郭が求められます。

出汁の立ち上がりを強くしすぎず、余韻を濁らせず、器の中に季節を静かに置く。その基本に立ち返る一月でした。

続いて節分。毎年恒例の恵方巻。巻寿司は単純に見えて、ごまかしが利きません。

ご飯の固さ、酢の入り方、具の温度差、切り口の整い。どれかひとつが外れると、食べたときの一体感が崩れます。今年は、巻や上巻に加えて海鮮巻もきちんと数を揃えました。いろんな巻寿司を楽しんでもらえていたら嬉しいです。

大量に巻く日ほど、一本ごとの“同じ美味しさ”を守ることが、そのまま誠実さになると感じています。仕出し料理として、日々の仕事の延長だと思います。

そして節分のあと、今年最初の生國魂神社での茶懐石出張料理が続きました。

昨年(二〇二五年)は四回担当させていただき、今年も与えられた担当月に向き合います。

比べるものではありませんが、その都度、その日の最高を目指したいと思います。

場が変われば火の入り方も変わり、器が変われば盛りの線も変わります。

だからこそ、段取りを固めながらも、最後はその日の湿度、温度、手の感触に耳を澄ませて、料理を決めていきます。

ここまで挙げた三つは、いずれも分かりやすい“節目”です。

けれど、安来家の日々は、やはり通常営業の積み重ねで成り立っています。

阿倍野でお席を整え、懐石・会席の流れを組み立て、季節の移ろいを一皿ずつに落とし込む、あるいは、仕出しのご注文をいただき、配達の箱の中に店の時間を詰める。

その繰り返しがあるからこそ、大きな行事の料理も、地に足のついたものになります。

日本料理は、とかく“晴れの日”の印象を持たれがちですが、むしろ「普段の精度」が味を決めると考えています。

最近、仕込みをしていてふと感じるのは、行事の料理には「型」があり、その型が味方になるということです。

大量調理は、一つの小さな乱れが全体の崩れに繋がります。

だから、型は守る。

けれど同時に、日々料理と向き合う人間として、型の内側で“もっと良くできる点”を探します。

ほんのわずかな改善が、何年も積み重なると、ある日突然、大きな発見に繋がることがあります。

近頃は、その「解像度」が少し上がってきた感覚があります。

普段の懐石料理はもちろん、同じものを数多く仕上げる場面でさえ、ただ“整える”から一歩進んで、“心が動く地点”へ近づけるのではないか、と。

たとえば冬の会席では、温かい椀の立ち上がりに、冷えた空気の輪郭が重なって見える瞬間があります。二月の懐石では、芽吹きの気配がまだ遠い分、食べ終えた後に残る余韻を澄ませたくなる。そうした季節の読み取りは、派手な演出ではなく、日々の小さな手入れから生まれるものだと感じています。

行事がひと段落すると、また普段の献立により身が入る感覚があります。器を選び、出汁を引き、同じ動作を繰り返しながらも小さな改善を加えながら少しずつ季節を更新していく。

いつの季節にお越しいただいても、その季節をきちんと味わっていただけるように。

年のはじめの献立は、晴れやかさの中に静けさも要ります。

私どもが一月に向き合うとき、まず思い浮かぶのが「お雑煮」の輪郭です。

祝いの場で育ってきた味わいは、派手さよりも、家ごとの記憶や土地の気配を連れてきます。

その気配を、会席の炊き合わせとして。そこに私どもの仕事の手触りが出ます。睦月の炊き合わせは、お正月のお雑煮風。白味噌のやわらかさを芯に据え、素材の温度や食感を静かに重ねました。

「餅」を長芋で写す、という仕立て

お雑煮の中心にあるのは、やはり餅の存在感です。

ただ、会席の流れの中では、餅そのものを置くだけでは強すぎる場面もあります。

口当たり、のど越し、余韻——そのすべてを次の一皿へつなげるために、私どもは長芋で「餅のようなもの」を写し取ることがあります。

長芋は、すりおろした瞬間の瑞々しさが魅力ですが、そのままでは汁に溶けやすい。そこで、すりおろしたあとに一度蒸し、熱で粘りを落ち着かせ、最後に焼き上げて表面に香ばしさをつけます。蒸しの熱が中の水分を抱え込み、焼きで輪郭が立つ。結果として、餅のようにもっちりとしながら、重たさは残しません。

白味噌の汁に沈めても崩れにくく、箸で切るとふわりとほどける——この“ほどけ方”が、一月の炊き合わせには似合うと考えています。

白味噌に寄り添う鴨、治部煮の含ませ

手前には鴨肉を。白味噌との相性は言うまでもなく、脂の甘みが汁の丸みと合わさって、角のない旨さになります。

ここで私どもが寄せたのが、金沢の郷土料理として知られる「治部煮」の考え方です。鴨に薄く粉をまとわせ、とろみを含ませて火を入れる。旨味を閉じ込めるための工夫であり、汁と具を離さないための技でもあります。

治部煮の要点は、“とろみで守り、含ませて馴染ませる”こと。炊き合わせとして整える際には、とろみの強弱を控えめにし、白味噌の口当たりを邪魔しないところで留めます。鴨の香りは立てすぎず、しかし消さない。温度が少し落ちてきた頃に、ふっと旨味が上がってくるように火を当てます。

一月 懐石のなかで、温物が担う役割は「場を落ち着かせる」ことでもあります。鴨の力強さを、白味噌のやわらかさで包む。睦月の会席らしい均衡を狙いました。

水菜と梅人参――“お雑煮といえば”を、あえて一筋だけ

上には水菜を添えます。お雑煮といえば、の野菜。

青味は香りで季節の空気を入れ替え、白味噌の甘さを軽くしてくれます。

もう一つは梅人参。新春を意識して梅に形どり、赤い色味を一点だけ置きます。

華やぎは、散らすよりも“一点で効かせる”ほうが、器の中が静まります。

祝いの意匠は、語りすぎると薄くなる。控えめな梅の形が、白の汁の中で小さく呼吸する程度がちょうどよい——そう考えています。

器が決める、白の余白

白味噌の汁は、光を受けると表情が変わります。

器は釉薬の景色が穏やかなものを選び、白が平板にならないようにします。汁の白さを引き立て、湯気の立ち方まで変わる。

私どもは料理だけで季節を語らず、器の温度、色、余白で季節の静けさを支えます。

冬 懐石では、とくにその差が出ます。温もりを器に預けることで、料理が急がなくなるからです。

炊き合わせという仕事

炊き合わせは、ただ“煮る”だけの料理ではありません。素材それぞれの煮え方、含ませ方、味の入り方を見極め、最後に一つの椀の中で整合させる仕事です。

長芋の「餅」、鴨の治部煮、水菜、梅人参、白味噌の汁——それぞれが勝手に主張を始めると、落ち着かない。

逆に、すべてを均一にすると、正月の気配が消えてしまう。

一月の空気は、乾いて澄み、音が遠くまで届くような静けさがあります。その静けさを壊さないよう、味は丸く、香りは高く、食感はほどけるように。睦月の炊き合わせは、その均衡を探す一皿です。

お席だけでなく、場に合わせた仕立てへ

こうした温物の考え方は、店内の懐石/会席に限らず、仕出し料理にも通じます。配達の時間や環境で温度は変わりますから、香りの立ち方、汁気の収まり、具の崩れにくさを先に織り込んでおく。

“出来たて”の一点に寄せるのではなく、届いた場で気持ちよくお召し上がり頂けるように設計する。

炊き合わせの仕事は、そうした場の読み取りにも支えられています。

阿倍野という土地で料理を続ける私どもにとって、季節の節目をどう受け止めるかは、献立だけでなく、届け方にも表れます。

睦月の炊き合わせ、お正月のお雑煮風。長芋で写した餅のもっちり感、治部煮の含ませをまとった鴨、白味噌の丸み、水菜の香り、梅人参の一点。

新年の料理は、華やかさよりも「これから積み重ねていく時間」を静かに示すものだと、私どもは考えています。

器の中にあるのは、祝いの形式ではなく、季節を読み、手を入れ、余白を残すという日々の積み重ねです。

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